



宅急便の佐川さんが、小さな子犬(ヨークシャテリア)を片手に抱いて私の働く会社に来られたのです。
その日は、大雨で大変な日だったのを良く覚えています。
「まいど、佐川急便です。」
集荷なのに、どうして子犬を抱いているの?・・と不思議に思った私は、即座に「どうしたの・・その犬」と聞いてみると・・・
「はい、実は配達の途中で道の片隅で震えて座っていたんです。
周りを見渡しても飼い主らしき人もいなくて雨でびっしょりだからかわいそうで、つれてきちゃいました。
それに、どうも事故にあったのか・・足にケガをしているんです。」
「え・・可愛そうに・・」と思った私は、その子犬に近づいてみると寒さと恐怖で、とても震えていました。
それに、足から血も出ている・・・
どうしよう・・・佐川急便の方も、まだ仕事がある・・
ちょうど、あと少しで仕事も終わる時間だった私は、「とりあえず、私が預かるわ・・・」と言ってしまったのです。
まずは、足の治療で病院へつれていってあげなきゃ・・
早々に仕事を片付けた私は、近くの病院まで連れて行ってあげたのです。
運が良くすり傷だけだったので安心できたのですが飼い主を探さなくてはいけません。
佐川急便の方には、近所の配達先や取引業者の方などに似顔絵をかいたチラシを配っていただいたり、張り紙もやってみました。
でも、一向に飼い主の方は見つからなかったのです。
そうすること1ヶ月、彼(ジュディ)は、私から離れようとはしません。
会社の友人や佐川の方も・・・
「こんなに探しても、見つからないから、 さんが飼ってあげれば・・ その方が、この子も幸せだよ・・」
このときから、私とジュディの暮らしが始まったのです。


恋愛中だった主人が遊びに来ると、「う〜」と言ってちっとも、なつかなかったのです。
きっと、私を取られると思ってやきもちを焼いていたんでしょうね。
でも、結婚をして一緒に住みだしたその日から主人にもすっかり慣れて聞き分けの良い子でした。
子供のいない私たちにとっては、まさに子供そのものでした。
でも、別れの日はやってくるものです。

17歳・・・かなりの老人になったジュディに異変が出たのはちょうど、
桜の開花が始まる3月初旬の時期でした。
食欲がなくなり、水も飲まなくなって動こうとはしません。
ある程度、覚悟はしていたのですが、心配な私は一晩抱いて寝てあげたのです。
そして、その朝・・・・
どうしても、仕事に行かなければいけない私は、その日、休日の主人にジュディを預けて
仕事へと向かいました。
出かける前に「ジュディ・・仕事に行ってくるからね」と声をかけて玄関に向かう私に・・
「ワン、ワン」と大きな声で2度ほえたのです。
いつもは、ほえることはありません。
それに、そんな体力は残っていないはず・・・
私は、何となく変だな・・・と思いながら仕事へと向かったのですがやはり・・嫌な予感が当たりました。
午後5時ころ、主人から「ジュディが変だ・・」という連絡があったのです。
私は、早々に仕事を切り上げ・・自宅へ向かいました。
「ジュディ頑張ってね・・直ぐ帰るからね」
そう心に言いながら涙が出て止まりません。
家に帰り着いたときには、もうジュディは息を引き取っていました。
でも、主人の話では、「僕のお腹の上で眠るように逝ったよ・・・
だから、大往生だよ・・」とのこと・・・
そう、きっと今日の朝にほえたのは「さようなら、・・」と言っていたんだと痛感したのです。
彼は、わかっていたんですね。
今まで、支えてくれて、元気をくれて、笑顔をくれて・・ありがとう。
あなたのことは、いつまでも忘れない・・
写真は、何枚も残していたのですが、どうしてもちゃんとした形で残してあげたかったのです。
いろいろとネットで調べていましたら、松師古先生のタッチがとても好みでしたし、メッセージが入るのが良かったですね。
大切な想いを、松師古先生にメッセージを入れていただいて絵画という形にしていただきました。
今では、いつも側に「ジュディ」がいるようで大切な宝物です。
27年前、希望であふれた生活を夢見ていたのも束の間、結婚3ヶ月目めで私は病に倒れてしまいました。その後7年間の入退院をくり返す日々を過ごしました。
仕事ができないということほど辛く情けないものはありません。
そんな私を支えてくれたのは保育園に勤めていた妻でした。
ところが1年半ぐらい過ぎた頃に、突然、妻の左足が動かなくなり、脊髄を患っていたことが判明したのです。
そしてその頃から、私は夫婦どちらかが頑張りすぎてもうまくいかないものなんだということに気づき、妻との2人3脚が始まったのです。
そんな私に神様がチャンスを与えてくださったのです。

私には小学1年生から習い始め、17年間続けていた書道があることに気づいたのでした。そして書道教室で教えるかたわら、以前より好きだった絵を独学でこころの思うままに描き始めました。
「人はいつも誰かに助けられていることを忘れてはいけないものだと思う」
それは愛するペットも同様です。
私も妻も動物が大好きで、以前より猫を飼っていたのですが、その愛猫の「リコ」が亡くなった時、自然と絵に残したいと思ったのです。

「今までありがとう」の感謝を込めて描いたのが動物を描くキッカケとなり、その後、ご依頼を受けるようになりました。
私は今、2匹の犬と5匹の猫と暮らしていますが、すべて捨てられていた子達で、どの子も本当に可愛いです。
命の大切さは人も動物も同じなのだと思います。
健康にしていただいたこの身体を生かして、これからもできることを、今しかできないことを、1つひとつ確実にやっていこうと思います。

たくさんの猫の子供の中から、1番おとなしそうな子を選んだつもりだったのに、
やんちゃでいたずらっ子でした。
そして、グルメでもあったんですよ。お刺身が大好物でしたが、鯛しか食べなかったんです。
しばらくは写真を飾っていたのですが描いていただいた絵は雰囲気が断然違いますね。
毛の質感や柔らかさ、表情がジャラそのものなんです。
絵のなかから、じゃれてくれているようで・・・
いつもそばに感じます。
そんなジャラに感謝の気持ちを送りたかったんです。
ありがとう・・・ジャラ
松師古先生にお願いして、もう1枚(上方の絵)も描いて頂きました。私の宝物です。

1枚、1枚、職人さんの手作りによる「手すき和紙」でニカワやミョウバン水などを使われているため耐久性に優れ色の変色などは心配ありません。

「水墨+顔彩画」
水墨画と日本画伝統の顔彩画をミックスされた先生独自の技法により表現されています。








